わがアナーキズムの偉大なる先達、安部公房に捧げる
司法について
(1)
先日の「光市の母子殺害事件」裁判(以後本稿では光市裁判と略す)では、世論の後押しによって死刑宣告がなされた、バンザーイ、という論調の発言が目立った。mixiニュースでは、目測ではあるが80パーセント以上が死刑判決を支持しており、また多くの記事では弁護団への攻撃もあった。ohmynewsには、「メディアなどでアピール続け、「勝利」得る」と云う記事が上がっている。
http://www.ohmynews.co.jp/news/20080422/23818

そして元気満々の死刑存置論者もいる。以下のリンクは矢本真人なる方の「殺人事件の予防になれば死刑はあって当然」という、恐怖支配の翼賛記事である(ちなみに僕(=キンシャチ)は死刑には原則反対である)。一番けったくそ悪い部分を引用しておこう。

http://www.ohmynews.co.jp/news/20080423/23874

なぜなら、刑法は道徳の教本であり、社会生活に必要とされる最低限の道徳規範だと考えるからだ。
「人を殺したら、死刑になる」、「人の物を盗ったら罰せられる」、「他人に暴行を加えたり、傷つけたら刑務所に行かされ、親兄弟は地元に住めなくなる」など、「悪いことをすればこんな罰を受けるんだ」ということを教えてくれる教本である。そして、予防効果がある。


親兄弟にまで責任を問うことが当然、と言わんばかりである。矢本真人氏はよほど高潔な人間なのであろう。


(2)
僕は正直言うとこの光市裁判にはまったく関心がない。興味があるのは、猟奇事件のたびごとに、自分のことのように感情をむき出しにする大衆や、それをあおるメディア、「世論」を利用する司法の態度、である。

たとえば、有名な「きっこのブログ」では、光市裁判の結果を当然のこととして、肯定している。また同記事では昨年の磯谷利恵さんの事件(実にむごたらしい事件だ)と、犯人を死刑にするための署名サイトを紹介している(ちなみに僕は普段「きっこのブログ」を読んでいないので、きっこ氏がどのような人格を有しているのか分からないのだが、今回の記事を読むかぎりではあまり論理的ではない方のように思える)。
http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2008/04/post_7441.html

はじめに書いた「世論の後押し」あるいはきっこ氏の紹介する署名とは、果たして何なのか。
司法と云うのは法と判事自らの良心に基づいて判決を下すところだ。世間の誓願によって、判断をするわけではない。では誓願によって新法を制定して、被告に、より重い罰を与えることは可能だろうか?無理だ。その法は、憲法にもあるように(第39条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。)、犯罪実行時に有効な法でなければならない。新法は、今後起こるかも知れない類似の事件には適応できるかもしれないが、当該事件には無力である。

過去には判例もある。「伊藤真 入門六法 憲法」(弘文堂)のP232には、「裁判官の良心」として、

76条3項の裁判官が有形無形の外部の圧迫ないし誘惑に屈しないで自己内心の良識と道徳感に従うという意味である(最大判昭23・11・17百選II[4版]188事件


とある。

つまり、司法に対する誓願や署名はまったく意味を持たない。また持ってはいけない。多数の人間の署名が集まったら、コソドロでも死刑かよ。猟奇殺人の現行犯も無罪かよ。そんなのおかしいでしょう。司法は社会と切り離されていなくていけないのだ。

あわてて書き加えると僕は、きっこ氏を含む市民の、司法に対する誓願を糾弾しているわけではない。自己の意思を表明することは大事なことだし、僕なら関心ももたない他人の事なのに、積極的に発言して署名や誓願をすることは、おそらく立派なことではあろう。

問題は司法の側なのだ。司法は「世論」に振り回されてはいけないし、「世論」を利用してもいけない。「世論」との癒着は司法を殺すのだ。大声で叫べば判決が変わる。論よりデシベル。こんな裁判を支持できますか?司法裁判の信頼性を揺るがす大問題なのである。「世論」におもねる現在の司法は、まるで自らを呑み込むウロボロスである。

最後に。
無罪と無実は違う。刑事裁判では、推定無罪の原則により検察側が被告の罪を立証しなければならない。被告には自らの無罪を説明する義務は無い。刑事裁判で問われるのは検察なのである、本来は。検察は客観的な証拠を提示して100点を取らなければならない。そしてその証拠の収集方法にも、チョンボがあってはいけない。仮に、違法に集めた証拠で被告の犯行を立証しても、そんな裁判になんの価値もない。その場合には被告は無罪になるべきである。

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