わがアナーキズムの偉大なる先達、安部公房に捧げる
サクラの季節
(1)
もうすぐサクラが咲く時期である。サクラスポットとか言って、大勢の人が花見に繰り出す。

こう云う書き出しをしたので分かると思うが、僕はサクラも花見も嫌いである。もっと正確に言うと、ソメイヨシノサクラの花見が嫌いなのだ。理由は単純で、皆が同じことをして喜んでいるのが不気味だと思うのである。テレビでもネットでも、開花予想が出され、サクラスポットが紹介され、映像が中継される。雨が降ると花が落ちてしまうと嘆き、風が吹くと花が散ってしまうとおろおろする。まるで、日本人はサクラに生かされているかのようだ。

サクラはなにも春先に咲くだけではない。たとえばヒマラヤサクラは12月に咲く。
http://hccweb5.bai.ne.jp/nishicerasus/cera-hm/c-himaraya.html


ほかにも、開花時期が秋や冬、二季咲きの品種はこんなにあるのだ。ソメイヨシノだけがサクラではないし、春だけがサクラの季節ではない。
http://hccweb5.bai.ne.jp/nishicerasus/cerasus-colle/kaika4.html


開花時期が異なるサクラをあちこちに植えておけば、こんな狂乱を演じなくても、見たいときにいつでも花見が出来る。人出も分散するので混雑もしない。え、春は季侯が良いって?とんでもない。スギ花粉症患者にとっては地獄の季節なのだ。

(2)
安部公房は、「サクラは異端尋問官の紋章」(『死に急ぐ鯨たち』(新潮社刊)収録)の中で、サクラを、「日本人には情念の誘発装置として作動する強力な象徴」だと言い「ナショナリズムの支点がつねに情念にかかっていることは否定しえない事実だろう。」と結んでいる。日本において、サクラがナショナリズムと接点をもっていることは、それこそ否定しえない事実であろう。たとえば、チャンネル桜。あるいは、靖国神社に大量に植えられていると云うサクラ。サクラの散ることを美しいとする思想。

春になるとサクラスポットで花見をするすべての個人個人が、ナショナリズム信奉者であるとはもちろん思えない。だが、集団とは、個人個人の意思とは異なるふるまいをみせることもある。そして、ナショナリズムとは全ての個人を無視する巨大な意識、という部分ももちろんある。僕には、サクラの花見に出かける人々が、ナショナリズムの客寄せをするサクラに見えて仕方がないのである。

コメント
この記事へのコメント
わたしも、桜はあまり好きじゃないです。
「日本人はやっぱり桜だ」なんて言われても、ぴんとこないです。
(といっても、「みんなと同じことをするのがいや」とか、
主義主張じみたものがあるのではなく、
単に、なにがいいのかわからない、というだけだけど。)

わたしが、好きなお花は、しっかりたんぽぽです。(笑)
桜が満開の並木の下で、満開になっているたんぽぽを、見とれてしまいます。
2008/02/27(水) 23:13:39 | URL | たんぽぽ #ZiqE0vWU[ 編集]
たんぽぽさんこんにちは。サクラはきれいだとは思います。でも、あんなに大騒ぎしなくてもいいだろう、とも思っています。
2008/02/28(木) 22:47:23 | URL | キンシャチ #-[ 編集]
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2008/04/01(火) 23:37:05 | たんぽぽのなみだ~運営日誌