わがアナーキズムの偉大なる先達、安部公房に捧げる
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大海賊時代(補遺)
本稿は、「大海賊時代(2)」として準備してきたものであるが、文章がうまく書けないので、下書きに近い状態ではあるが補遺として発表するものである。


(1)
海賊党の主張の一つに、特許システムの廃止がある。


http://japan.cnet.com/interview/story/0,2000055954,20397509,00.htm

>製薬会社が公開している売り上げや研究開発などの数値を調べました。平均すると、製薬会社は約15%を研究開発に費やしています。このうちの3分の2が、ライバル企業の特許を回避するための研究開発です。

>つまり、研究開発の3分の2が、新薬開発ではなく、模倣した薬を開発するのに充てられています。別の見方をすると、製薬業界が純粋に新しい薬の研究開発に注ぐ資金は5%ということになります。これは、特許を持たない他の業界と同程度の比率です。




ライバル会社の特許回避に意外と多くの費用が使われているようだ。なぜか。成功した会社を強請る、汚い商売があるからである。たとえば、こういう奴がいる。


http://dndi.jp/08-hattori/hattori_1.php
>レメルソンが他の発明王と異なる点は、エジソン達のように特許製品を販売したり、産業を興したわけではなく、数々の基本特許を取得し、そのライセンス収入のみにより何兆円といわれる巨万の財産を築いたことである。

>レメルソンの特許戦略は基本技術に関する古い特許出願を何回も分割したり、出願し直したりして、何十年も経た後に特許を取り(突如として浮上するサブマリン特許)、その時には社会や産業がその基本技術を普遍的に用いているので、陪審員訴訟を脅してライセンス収入を得る戦略である。




こういう事例を見ると、オートフォーカス一眼レフカメラの訴訟事件を思い出した方も多いだろう。ミノルタが開発販売していた技術が、アメリカのハネウエル社の特許を侵害しているとして、アメリカ連邦地裁に提訴されたのだ。ハネウエル社は、自社でのカメラの製造は行っていない。

アイデアだけを特許獲得しておいて、似た技術を開発した企業を提訴しガッポリと補償金をガメたのである。これってどうなの? 特許システムが悪用されたひどいケースである。うっかり他者の特許を侵害すると膨大な金をむしり取られ、それを避けようとすると研究開発費用がかさむ。当然、その分は商品代金に乗せられているわけで、最後には消費者が負担をすることになる。

著作権も特許権も、本来はクリエーターの権利保護のための概念であろう。そこに寄生する輩に甘い汁を吸わせ続けていいものなのか? (アメリカでは、サンドイッチの作り方にまで特許が認められたそうだ)


(2)
海賊党はインターネットへの自由な接続、つまり裁判所の命令なくして回線が切断されないことを、市民の権利として認めるべきだと主張している。これは、「自分の郵便箱や電話がチェックされるべきではないのと同じ」だそうで、全く同感である。プライバシー権や知る権利、表現の自由に該当する。さて日本ではどうだろうか。

「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律」というものがある。公権力が作る法律の例にもれず、これも市民の権利を規制するものである。上記法律名で検索すると、問題点を指摘した多くの記事がヒットするのでここでは多くを語らない。


僕は、海賊党の主張する自由な社会に共感する。公権力の市民生活への介入や、創造者保護の理念を踏みにじる著作権ゴロ、特許ゴロには軽蔑しか感じない。
大海賊時代 (1)
(1)
海賊党は、欧州議会に一議席を得たミニ政党である。おもに、知的財産権保護の見直しを主張している。CNET Japanに記事があるので、まずはリンクを貼っておく。

http://japan.cnet.com/interview/story/0,2000055954,20397501,00.htm?deqwas_inflow=relation&tag=deq:1

>特許システムの廃止、著作権法の改正、ファイル共有の無料化

なかなか面白いことを言っているのだ。次ページも見てみよう。

http://japan.cnet.com/interview/story/0,2000055954,20397501-2,00.htm

>著作権は著者が報酬を得るための仕組みで、これがあるから作家は創作活動で生計が立てられます。ですが、現在の著作権では、作家が生きている間のみならず、死んだ後70年も保護されます。死んだ後も本を書き続けている人がいるでしょうか? こういった背景から、われわれは商業目的で著作権を利用する長さを5年と提案します。

5年が妥当なのかどうかは僕には分からない。だが、現在の、死後数十年が長すぎるとは思う。

>1世帯がエンターテインメント(音楽、映画など)に費やす予算は、ファイル共有サービス登場前と後で変わっていません。ファイル共有によりCDの購入は減ったとしても、コンサートなど他のものにお金を費やしていることになります。これは、アーティストにとっては朗報です。CDの場合、アーティストはCDの売上金額の5%しか得られませんが、コンサートは50%といわれています。ファンの支出がCDからコンサートにシフトすれば、アーティストの報酬は増えることになります。

これらの主張が本当であれば、ファンはダウンロードストアで安く楽曲データを買い、浮いたお金でコンサートに行けばよい。ファンにもアーティストにも良いことずくめである。


(2)
SFマガジン2009年9月号のP198には、大野典宏氏によるオープンソースについての記事が載っている。そこには、「Linuxなどのフリーソフトはソフトウェア製品を滅ぼす、とまで言われていたのが、フリーソフトを組み込んだ製品の販売やそのサポートで、充分にビジネスモデルとして成立している(大意)」、とある。

現在はその思想を生かしたハードウェアもあるそうで、それがBeagleBoardである。これはハイスペックなCPUであるOMAPを搭載したマザーボードだそうだ。これ自体が無料なのではなく、回路図が公開されていて、それらを組み込んだ製品を再販することも自由、と云うことである。

マネて広めてくれれば宣伝になるし、組み込んだ製品が売れれば元のチップも売れる。大量宣伝とユーザーの囲い込みではなく、各自の自由な活動の結果のすそ野の拡大。

メーカーやレコード会社、政府が、個人の消費行動を制限する時代は終わりつつある。保証の確実なメーカーパソコンや物品としてのCDが欲しい人は、それを求めるし、自分でカスタマイズして自由に使いたい人はオープンソースを利用すれば良い(そのかわり無保証)。

何もかもを法律で規制して、自由な利用を妨げるようなことは、もうよそうじゃないか。
不幸憲法
では、後半行ってみよう。まずは、幸福憲法の該当箇所を再掲しておく。


第八条
裁判所は三審制により成立するが、最高裁長官は、法律の専門知識を有する者の中から、徳望のある者を国民が選出する。

第九条
公務員は能力に応じて登用し、実績に応じてその報酬を定める。公務員は、国家を支える使命を有し、国民への奉仕をその旨とする。

第十条
国民には機会の平等と、法律に反しない範囲でのあらゆる自由を保障する。

第十一条
国家は常に、小さな政府、安い税金を目指し、国民の政治参加の自由を保障しなくてはならない。

第十二条
マスコミはその権力を濫用してはならず、常に良心と国民に対して、責任を負う。

第十三条
地方自治は尊重するが、国家への責務を忘れてはならない。

第十四条
天皇制その他の文化的伝統は尊重する。しかし、その権能、及び内容は、行政、立法、司法の三権の独立をそこなわない範囲で、法律でこれを定める。

第十五条
本憲法により、旧憲法を廃止する。本憲法は大統領の同意のもと、国会の総議員の過半数以上の提案を経て、国民投票で改正される。

第十六条
本憲法に規定なきことは、大統領令もしくは、国会による法律により定められる。

以上


8、9条は置いておいて、問題は10条である。
「機会の平等」とは大きな詭弁である。疑う向きは検索してみると良い。また、後半の「法律に反しない範囲でのあらゆる自由を保障する」も問題である。まず、人間は本来自由な存在である。また、幸福憲法では基本的人権を規定せず、法律で国民の権利を制限できることになっている。これがいかに危険なことであるか、詳述するまでもあるまい。

11条。「小さい政府、安い税金を目指す」とあるが、それは目的ではなく手段である。政府は、国民の幸福な生活をつねに考えるべきであり、そのための政府形態や税金額を探る必要がある。小さければ良い、安ければ良い、と云うものではないのだ。

12条。
表現の自由、知る権利に対する制限。

13条、14条。
尊重するが責務を忘れるな、尊重するが法律で制限を加える。これは矛盾ではないのか?
憲法では記述方法も重要で、「尊重するが、国家への責務を忘れてはならない(13条)」とあると、「尊重はするが、それ以上に国家への責務があることを忘れるな」と解釈もできる。結局のところ、地方自治など認めない中央集権国家を目指すんだろ。

15、16条では、今までに指摘した問題点が繰り返されている。


大川はもう一度、顔を洗って出直すべきだろう。こんな疑似憲法を作って喜んでいるようじゃあ、子供の王様ごっこよりも程度が低い。

僕は本稿を書くにあたり、このエセ憲法案を読みながら、自民党の憲法草案(これも、疑似人権思想に基づき書かれたインチキ憲法である)を何度か参照した。そうしたら、自民党案の記述がごくごく普通に見えてくるのである。

繰り返すが、自民党案はひどいインチキ憲法で、憲法案の名に値しない、非常識なものである。こんな憲法に改正されてしまったら、市民の人権は無くなるであろう。そんなものでさえ、幸福憲法よりもはるかにまとも「っぽく」見えてしまうのである。

下には下がある。いかに幸福憲法がひどいか、感覚でも分かった次第である。

不幸の非科学
さて、衆議院も解散して、自民党壊滅に向けて時計が動き出した。浮世離れした当ブログでは、幸福実現党のけったくそわるい憲法試案をサカナに、憲法について考えてみることにする。

===
http://www.hr-party.jp/inauguration/index.html#02

前文
われら日本国国民は、神仏の心を心とし、日本と地球すべての平和と発展・繁栄を目指し、神の子、仏の子としての本質を人間の尊厳の根拠と定め、ここに新・日本国憲法を制定する。

第一条
国民は、和を以って尊しとなし、争うことなきを旨とせよ。また、世界平和実現のため、積極的にその建設に努力せよ。

第二条
信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。

第三条
行政は、国民投票による大統領制により執行される。大統領の選出法及び任期は、法律によってこれを定める。

第四条
大統領は国家の元首であり、国家防衛の最高責任者でもある。大統領は大臣を任免できる。

第五条
国民の生命・安全・財産を護るため、陸軍・海軍・空軍よりなる防衛軍を組織する。また、国内の治安は警察がこれにあたる。

第六条
大統領令以外の法律は、国民によって選ばれた国会議員によって構成される国会が制定する。国会の定員及び任期、構成は、法律に委ねられる。

第七条
大統領令と国会による法律が矛盾した場合は、最高裁長官がこれを仲介する。二週間以内に結論が出ない場合は、大統領令が優先する。

第八条
裁判所は三審制により成立するが、最高裁長官は、法律の専門知識を有する者の中から、徳望のある者を国民が選出する。

第九条
公務員は能力に応じて登用し、実績に応じてその報酬を定める。公務員は、国家を支える使命を有し、国民への奉仕をその旨とする。

第十条
国民には機会の平等と、法律に反しない範囲でのあらゆる自由を保障する。

第十一条
国家は常に、小さな政府、安い税金を目指し、国民の政治参加の自由を保障しなくてはならない。

第十二条
マスコミはその権力を濫用してはならず、常に良心と国民に対して、責任を負う。

第十三条
地方自治は尊重するが、国家への責務を忘れてはならない。

第十四条
天皇制その他の文化的伝統は尊重する。しかし、その権能、及び内容は、行政、立法、司法の三権の独立をそこなわない範囲で、法律でこれを定める。

第十五条
本憲法により、旧憲法を廃止する。本憲法は大統領の同意のもと、国会の総議員の過半数以上の提案を経て、国民投票で改正される。

第十六条
本憲法に規定なきことは、大統領令もしくは、国会による法律により定められる。

以上


===

一読しただけで、国民に対してああしろこうしろと小うるさいことに気がつく。第一条が既に、国民に対する命令なのだ。大川隆法は、憲法が国家体制に対する足かせであることを理解していない。現行の憲法がそうであるように、国民の自由の制限、義務の記述は最小限にするべきである。

また、憲法は記述の順番も大切で、先に書かれている内容は後のそれよりも重要事項だと解釈されるのだ。第一条が国民に対する命令だと云うのは大問題である。

さてここで、現行の憲法の記述を確認しよう。

===

前文

1 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。 そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。 これは人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基くものである。 われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

(中略)

第十章 最高法規

第九十七条【基本的人権の本質】
 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

第九十八条【憲法の最高法規性、条約・国際法規の遵守】
1 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

第九十九条【憲法尊重擁護の義務】
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。


===

ここを素直に読めば、現行憲法の精神に反する憲法改正は認められないことになる。憲法改正は現行憲法の範囲内でのみ、認められる。改正直前までは現行の憲法が生きているのだから当たり前ではある。つまり、憲法試案は現行憲法に反する部分が見つかった時点で、ペケなのである。その観点に沿って、幸福憲法を読んでみよう。

前文
われら日本国国民は、神仏の心を心とし、日本と地球すべての平和と発展・繁栄を目指し、神の子、仏の子としての本質を人間の尊厳の根拠と定め、ここに新・日本国憲法を制定する。


ここは信教の自由に明白に反する。仏とか神とかの単語が出てくるのでもうダメ。

第一条
国民は、和を以って尊しとなし、争うことなきを旨とせよ。また、世界平和実現のため、積極的にその建設に努力せよ。


始めに書いたように、国民の義務は最低限にするべきである。現行の憲法で明記されているのは納税、勤労、教育である(12条の、人権保証の努力も努力義務として加えるべきかもしれないが)。現行憲法の記述が生活的と云うか具体的であるのに対し、幸福憲法の世界平和実現とは大きく出たな、と云う気がする。

もちろん現行の憲法の前文にも世界の平和に関する記述はあるが、そこには国民に対して、世界平和を実現するために積極的に努力しろ、と高圧的なことは書かれていない。

三条から七条までは、国政に関する記述である。問題は、「大統領の選出法及び任期」や、「国会の定員及び任期、構成」、などの重要事項に関して「法律で定める」とあることである。つまり時の政権は、終世大統領や永世議会を合憲的に実現できる。

しかもその法律も、立法の条件がどこにもないのである。そのうえ、この幸福世界には法律とは別に「大統領令」がある。どうやら大統領令は法律よりも優先されるらしいのだ。


エントリーが長くなるので、一度ここで上げておく。
小沢一郎の民主党代表辞任について
自民党政権が悪であるのは、自由市民の生活を破壊するからである。民主党を応援するのは、今の日本で唯一、自民党に対抗できる政党であるからである。

小沢一郎の民主党代表辞任について否定的なことを書く人は、小沢一郎や民主党に何を期待しているのだろうか。建設会社から献金を受けないこと?

小沢一郎が代表であることに固執する人は、今回の件について小沢一郎や民主党に文句も言いたくなるであろう。しかし、民主党の政策に期待し、自民党をつぶすことを願っている方は、代表が誰であろうと関係ないはずだ。小沢一郎がただ一人で政策を決定しているわけでもないだろう。


代表辞任のきっかけは、本人でもない秘書が逮捕されたことであり、しかもまだ裁判も行われていなければ当然有罪判決が出たわけでもない。

推定無罪の原則どうり、いまの小沢一郎にはなんら後ろ暗いところはない。立証責任を負うのは追求する側で、小沢一郎の説明責任は、ない。


そもそもたった一人の人間の、野党の代表辞任で国家の有り様が変わることがおかしいのだ。あなたは、他人の地位が変わることで、自らの人生が変わってしまうことを受け入れることが出来ますか? 会ったこともない年寄りが野党の党首であることがそんなに大事ですか?

そろそろ、政治を人間関係の力学で捉えるのはやめたらどうか。肝心なことは政策でありつまりは国民それぞれの生活なのだ。